ごあいさつ
笠間焼は、江戸時代中頃、
箱田村(現笠間市箱田)の名主久野半右衛門道延が、
近江の国信楽の陶工長右衛門を雇い、窯を築き、
陶器を焼いたのがその始まりといわれています。
1861年(文久元年)には、笠間藩主牧野貞直公により
仕法窯として6カ所が指定され、日用雑器を焼くようになり、
さらに、幕末から明治初期に至り、陶器商田中友三郎により、
宍戸焼と箱田焼がともに「笠間焼」として江戸に売り出され、
その名が世に出るようになります。
以後、昭和初期に景気低迷はあったものの、
現在は二百余の工芸作家を有し、
益子とならび関東を代表する一大窯業地を形成しています。
当ショップを通し、当時の人々の暮らしの在り方に思いを巡らし、
素朴な中にも暖か味のある笠間焼を使っていただき
楽しんでいただければ幸いです。
令和5年2月 笠間焼協同組合